――背景を描くうえで大切なことは何だと思われますか?
平柳:
「ノスタルジックな背景をと言われたら、ひと目みて郷愁を誘うような背景を描ける、そういう感性を持つことです。技術的なものは教えられるけど、それを表現できるセンスや気持ちというものはなかなか育てるのが難しいですから」
東地:
「僕が大切だと思うのは、背景に限らずですけど、記憶と妄想かな(笑)。僕は写真などを参考にして描くというのが、あまり好きではないんです。想像通りに描けないから。妄想、想像して描いたほうが絵としてはリアリティがある。写真を見ながら描くと、写真を加工するのと同じで、冷めたつまらないものになってしまうと思うんです」
平柳:
「なるほど、深いですね」
東地:
「だから記憶と妄想で描きます。妄想もすごく大切で……、かつてピュアだったときにどれだけスケベな妄想をしてきたかが重要、ってなんだか飲みの席のノリになってきちゃいますが(笑)。まだ若くて感性が豊かなときに、何かに影響を受けてたくさん妄想する。いわゆる中ニ病という状態なんですけれども、それをどれだけ広げておくかということが、僕は今すごい役に立っているんです」
――どんな妄想をされたのですか?
東地:
「それはもうエロイことをいっぱい妄想しました。いやいや別にエロだけに限らずの話で(笑)。中学生の頃、自分の部屋にテレビやビデオがなくて、好きなアニメや映画の音声だけを録音して寝る前に聞いていたんです。でも画は想像するしかない。1、2回しか見たことのないアニメの映像を思い出しながら、頭の中で妄想するんです。そうすると自分の中で風景がどんどん膨らんでいくんですよ。でも機会があっていざ見てみると、想像よりも地味だったこともある。もちろん描けるかどうかは別です。でも妄想の中では確実に思いもよらないものが広がるんですよ。昔はドット絵で音源の少ないゲームでも、頭の中では壮大なスケールで物語が進んでいるみたいな。そういう感覚が大事かなと」
――でも今はこれだけいろいろなモノが溢れていて、ゲームに限らず映像もリアルで素晴らしいものが沢山ある。その想像というか妄想は、情報量が乏しい昔だからできた部分もあるのではないでしょうか?
東地:
「確かにそうかもしれません。でも悲観的に感じることはなくて、現在の映像などを見て妄想している10代は必ずいるはずなんですよ。才能のある人は今のものでも昇華していく。自分たちの世代なんか鼻息で飛ばされそうなぐらいすごいものを作ってほしいです」
平柳:
「生まれたときからすごい映像がある世代が、これからどんな作品を作っていくかすごく楽しみですよね」
東地:
「自分たちは情報量が足りなかったから、足して足してリアルにしていこうと努力してきた世代なんですよ。でも今は最初からリアルなものがある。それを見て育ってば、もうこういうものはいらないんだと、その反動で、まったく別の形のものを作り出すかもしれませんね」
――おふたりが好きなキャラクターは?
平柳:
「僕は部屋も描かせてもらった巴ですね。『花いろ』は仕事をテーマにしていますけれども、仕事について本気で悩むのは、巴ぐらいの年齢なのかなって。僕は背景の仕事しか知らないですけれども、最初の2、3年はがむしゃらに仕事をこなしていくのに精一杯。でもそれが楽しかったりもするんです。仕事で悩み始めるのは、自分のスキルのなさや継続する難しさを実感し始める、4、5年ぐらいしてからかなと。シナリオを読んで、ああ、巴つらいんだろうなと、ものすごく共感できました(笑)」
東地:
「これは実際に経験がないと出ない感想ですね」
平柳:
「緒花たちのように若いとき、仕事を始めた頃の苦労ももちろんあるんですが、本当の苦労はもう少し大人になってから知るのかなって思います」
東地:
「確かにそうかもしれないです。30歳を越えたあたりから本当の仕事の苦労を知ると。僕は緒花かな。民子や菜子が人気が出そうなので、個人的には主人公を推したいです」
――『花いろ』のここを見てもらいたいという部分はどこでしょうか?
東地:
「すごく美しく、綺麗に見えるカットが1カットでもできたら成功だと思っています。キャラクターの立ち姿でもアップでも何でもいいのですが、見た目の美しさだけではなく、画面の中でセリフ、音楽、画などすべてのセクションが融合しているようなカットが作れればと思っています。そこに至るまではものすごく積み重ねが必要なので、努力を惜しまずやるしかないんですけれども」
平柳:
「それは僕も同じですね」
東地:
「あと『花いろ』は、すべてのスタッフ、キャストが全員いい作品にしようというベクトルで動いているところが本当にすごいと思います。この前、ピーエーワークスの制作担当の人に、このボードいつまでにあがりますか? って聞かれたんですよ。でもそのときいろいろ詰まっていたので、ここまで待ってもらわないと無理と返事をしたんです。でもそのあとに、手を抜けば早くあげられるよって冗談で言ったら、即答で、それは困りますって返されたんですよ。それにちょっと感動してしまって。普通だったら、それでもいいので流してくださいと言われることもある。だって早く出してもらったら早く帰れますからね」
平柳:
「スタッフ全員に、いい作品にしようという意識があるのだと思います。それは堀川さんの意思であり、その意思をスタッフがしっかりと受け継ぎ、理解しているんでしょうね」
東地:
「あと堀川さんの熱い想いを汲んで、現場を動かしている監督がすごいと思うんです。とにかくスタッフに恵まれている作品だと思います。これは先輩の受け売りなんですが、“作品がスタッフを選ぶ”という言葉あるんです。自分は堀川さんに選ばれたわけではなく、作品が呼んだのだと。平柳さんを含めた5名の背景スタッフの方、そしてそれ以外の多くのスタッフの方々は、『花咲くいろは』に呼ばれたんだと思います。そして『花いろ』を見てくださる人も、きっと作品に呼ばれたんだと。ぜひ楽しんで見てもらいたいですね」